Ope ingenii...

2009年に『アエネイス』の新しい校訂本を上梓したGian Biagio Conte氏が,新しく本文批判(textual criticism)に関する本を出されたようです.簡単に紹介を.

全体は「句切り」(Punctuation),「改竄と削除」(Interpolation and Athetesis),「破損と推定読み」(Corruption and Conjecture)という3章から成っており,著者自身がこれまでに強い印象を受け驚嘆したさまざまな校訂の実例を,その歴史的背景や思考の道筋を解説しながら紹介していく造りになっています.
印象深い箇所を挙げますと,たとえば,エウリピデス『ポイニッサイ』の冒頭2行が改竄と判明するまでの経緯は知的興奮に満ちていますし*1,「健全な身体に健全な心…」でおなじみのユウェナリス『諷刺詩』第10歌356行が実は改竄の可能性が高いことには度肝を抜かれました*2.第3章に挙げられた,一見問題のなさそうなテキストに潜む破損を見つけ出す鋭い推定読みの数々には,月並みながら「問題を解くことより問題を見つけることのほうが大事」という言葉の大事さを改めて認識させられますね…
ところで個人的にもっとも興味深かったのは改竄(interpolation)の問題をあつかった第2章です.上述の『アエネイス』を御覧になった方はご存知のとおり,著者の改竄に対する姿勢は非常に厳格で,決してこれを許さないというものですが,それがよく現れていると思いました.緻密な論理を積み上げて真正ではない本文を除去するところに文献学者の執念を見る気がします.

タイトルのope ingenii《才能の力によって》とは,ope codicum《写本の力によって》という言葉と対になる校訂のあり方です.碩学の慧眼によって実現した名校訂を集めた本書は,まさに序文にあるとおり,ひとつのすぐれた個人コレクションと言うべきものでしょう.

Gian Biagio Conte, Ope ingenii: Experiences of Textual Criticism, Walter de Gruyter 2013.

Ope ingenii: Experiences of Textual Criticism

補記:英語版を読んだ後で知りましたが,イタリア語版はこれよりはるかに安いようですね.ちょっとショック…

*1:pp.32-5.

*2:pp.63-5.